その中で自分がどうやって"国際協力"を目指したのか自分史を追って書いていこうと思ってます。
長くなるので不快に思われる方は申し訳ございません。
小さい頃から今もそうですが
自分はすごく恥ずかしがり屋で、外に飛び出すことも好きですが、同じくらい家でゆっくり漫画読んでたり、ゲームする時間が好きです。
小学生の頃は今よりもむしろテレビゲームばかりしてました。
遊ぶ時も、先頭に立ってリーダーシップを発揮するよりも
人に黙って従うことが多い性格だった気がします。
遊ぶ時も、先頭に立ってリーダーシップを発揮するよりも
人に黙って従うことが多い性格だった気がします。
小学校4年生の頃に
"転校"
を経験して交友関係も変わり、外に遊ぶことがゲームをするよりも多くなりました。
また2004年に日本ハムファイターズが拠点を東京から
北海道の札幌ドームに移したのもあり、
当時の僕たちの中では野球がすごく人気のスポーツになって
北海道の札幌ドームに移したのもあり、
当時の僕たちの中では野球がすごく人気のスポーツになって
チームを組み、その集団の中で役割分担しながら結果を出していくという
野球の楽しさを知ることができました。
それ以降は中学、高校とずっと野球ばっかりしてました。
しかし、高校になるといわゆる"進学校"に進み
毎日課題、小テストに追われる中
野球も練習についていくのがやっと
へとへとになって帰宅して野球日誌を書き、課題をこなし、机で寝落ちという毎日でした。
野球はそんなにうまい方ではなくて
レギュラーでいるよりベンチにいる時間のほうが長かったです。笑
今自分が控えだった理由を考えると
・毎日のしんどさを誰かのせいにして、言い訳みたいなことをずっと言ってたし
・好きであった野球が、心のどこかで言われてやらされている感覚に陥ってた
のではないかなと思います。
だから当然テストの成績も伸びないし、野球もうまくならない。
当時は、日々を過ごしていて楽しくなかった感覚がずっと残っています。
いわゆる自暴自棄というか
全部投げ出して逃げたかった、楽になりたかった。
そんな気持ちでした。
そして気づいたら高校生活も2年が経ち、進路を決めなければならない。
しかし、高校になるといわゆる"進学校"に進み
毎日課題、小テストに追われる中
野球も練習についていくのがやっと
へとへとになって帰宅して野球日誌を書き、課題をこなし、机で寝落ちという毎日でした。
野球はそんなにうまい方ではなくて
レギュラーでいるよりベンチにいる時間のほうが長かったです。笑
今自分が控えだった理由を考えると
・毎日のしんどさを誰かのせいにして、言い訳みたいなことをずっと言ってたし
・好きであった野球が、心のどこかで言われてやらされている感覚に陥ってた
のではないかなと思います。
だから当然テストの成績も伸びないし、野球もうまくならない。
当時は、日々を過ごしていて楽しくなかった感覚がずっと残っています。
いわゆる自暴自棄というか
全部投げ出して逃げたかった、楽になりたかった。
そんな気持ちでした。
そして気づいたら高校生活も2年が経ち、進路を決めなければならない。
しかし周りの友達の、自身の学力にあった進路選択や
先生方の「社会に出た時に役立つために"頭の良い"大学に行け」という声には全く魅力を感じませんでした。
進学よりも高卒就職を本気で考えてた時もありました。
そんな中
あるときテレビを見ると、発展途上国の状況を題材にしたドキュメンタリーが
放送されていました
ゴミ山の中を裸足で暮らす人たち
スクラップを集めて収入のうちのほとんどを遠く離れている家族のために仕送りをする
ほかの境遇が同じ子供たちと一緒にコンテナの中で雑魚寝する
それも自分と同じ年の人たちが!!
なんでこんなすごいことしてる人たちが
つらい境遇にいるのかと
自分よりも何百倍も困っている人がいるのに
自分なんか悩んでいる場合じゃないだろうと
いろいろ考えて、考えて気づいたことは
問題はそもそも
人間が引き起こしているってことです。
人間が起こした問題は、人間だけが解決できる。
そうしたら、解決のために何もない自分でもできることはあるんじゃないかって思いました。
だから今目の前にある勉強を頑張ればその人たちのために
何か将来できることがあるかもしれない。
そう思うと自然に野球も勉強も頑張れるようになりました。
いままで自分のことしか考えれなかった自分が
人のためを思い始めたことが変わったきっかけだったのではないかと思います。
自分の世界のまま完結していた世界が
放送されていました
ゴミ山の中を裸足で暮らす人たち
スクラップを集めて収入のうちのほとんどを遠く離れている家族のために仕送りをする
ほかの境遇が同じ子供たちと一緒にコンテナの中で雑魚寝する
それも自分と同じ年の人たちが!!
なんでこんなすごいことしてる人たちが
つらい境遇にいるのかと
自分よりも何百倍も困っている人がいるのに
自分なんか悩んでいる場合じゃないだろうと
いろいろ考えて、考えて気づいたことは
問題はそもそも
人間が引き起こしているってことです。
人間が起こした問題は、人間だけが解決できる。
そうしたら、解決のために何もない自分でもできることはあるんじゃないかって思いました。
だから今目の前にある勉強を頑張ればその人たちのために
何か将来できることがあるかもしれない。
そう思うと自然に野球も勉強も頑張れるようになりました。
いままで自分のことしか考えれなかった自分が
人のためを思い始めたことが変わったきっかけだったのではないかと思います。
自分の世界のまま完結していた世界が
もっともっと広がって
自分が仲間の励ましの声や、周りの友達のサポートによって、自分が生きていられてることに気づいて
そこからなんだか全てが楽しくなって、ずっと毎日の楽しさにニヤニヤしながら、高校生活を過ごさせて貰いました。
野球は結局控えのまま高校の野球生活が終わりましたが
ヘタクソだった自分が三年間野球を続けられたのも
今の大学に入ったのも
あの時、国際協力に気づかなければ
ヘタクソだった自分が三年間野球を続けられたのも
今の大学に入ったのも
あの時、国際協力に気づかなければ
あの時、仲間の大切さに気づかなければ
あの時、頑張らなければ
今の自分はないと思います。
なんで国際協力をやっているのっていう
問いに対する答えは多分僕のバックグラウンドにある気がします。
あの時、頑張らなければ
今の自分はないと思います。
なんで国際協力をやっているのっていう
問いに対する答えは多分僕のバックグラウンドにある気がします。
僕自身は歴史を辿れば何もない人間。
たまたま様々なことに気づかせて貰う機会があり、周りに支えられて
今人生3度目のウガンダ渡航を迎えようとして、現地女性の自立促進のために動こうとしている。
そんな
何もない自分だからこそできることがある。
だから僕は国際協力に従事する。
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